『時間のなかの建築』

ON WEATHERING: The Life of Building in Time,1993年に出版された建築理論の専門書の訳本です。近代建築は完成した瞬間に絶頂を迎え,時を重ねること,つまり風化する過程でその価値は徐々に減衰する。だから建築家はその建築意図を最高時に凍結保存すべく写真記録として残そうと試みる。といったことが前提として示されます。しかし著者は完成後に時を重ねて風化することは,全ての建築に共通した必然であり,エイジングを設計に組み込み,将来を見越したデザインを計画的に行うこともまた建築家が取組むべきである課題であるとし,そうした試みの成功例についてもいくつか紹介されます(もう少しいろいろな事例を紹介してほしいようにも感じましたが。。)。

 

本書では,近代建築を対象として扱っていますが,建築のバイオグラフィーの総体を評価すべきだという主張は,もちろん近代建築にのみ適応されるべきものではなく,歴史的建築にも本来備わっていた考えでありますし,その保存や修復を考える際にも常に困難な検討を迫るものとなります。

 

当初の姿に復元するのが適切なのか,当初においても実現し得なかった理想の姿をこそ創造すべきなのか,歴史的な重層の各段階が理解されるように処理すべきか,あえて古色付けをして歴史的な経過を私たちが考える素材を提供すべきか,当初の構造に不備が認められる場合にはそれを是正して修理すべきか,等々の多様な選択肢があり得て,対象となる建築そのものの類型や特徴,今日的な位置付けなどを踏まえた検討を経て手法が確定することになるでしょう。

 

最近,歴史的建造物の美装化なる事業が文化財の資源化の文脈で推進されつつありますが,これについては疑問を持ち続けていたこともあり,改めて,本書を読みつつ考える時間を得ました。この問題を考えるときに本書で興味深かったのは,次の一節。。。

 

『過去から残されたものは,それが現実であった時のできごとそのものではなくて,その痕跡あるいは印象なのだ。同様に,建築の記憶として残る経験は,現在のものではなくて,過去のものなのだ。その意味で過去は,特定の限られた時期,あるいは処理し終わった時間ではなく,むしろ「今そこに生まれきたっているもの」と見ることができる。』

 

私達は,必ずしも建築が造られた時点の構想や社会や用途を正しく理解し得ないのかもしれませんが,私たちが歴史的建築に面した時に,そこから何を感じ,理解するかはある意味自由であり,その人がおかれたその時々の心境や状況を反映して,建築が語ることになるのでしょう。その語り部である建築が雄弁であるためには,どのような姿であるべきなのか。やはり美しく(美しくなくとも?)年を重ねた姿ではないかな,と思ったりもするのですが。