筑波大学大学院「世界遺産専攻」と「自然保護寄附講座」では,世界遺産委員会の諮問機関であるIUCNとICOMOS,ICCROMと連携し、アジア・太平洋地域における「遺産保護のための自然と文化の連携」にかかる研究教育のプラットフォーム構築を目的とするUNESCOチェアプログラムを実施しています。
9月末から約2週間にて,世界各国の遺産管理等に従事している中堅の専門家と筑波大学の学生の計20名が参加し,諮問機関の専門家からのレクチャーやクリティックを受ける約2週間の研修プログラムを実施しました。このプログラムのエクスカーションでは世界遺産「富士山」を訪れ,自然と文化の多様な諸側面が,富士山の雄大な山麓のごとく世界遺産としての価値を広く支えていることを学びました。
ユネスコチェアプログラムでは,2016年に「農業景観」をテーマとした国際シンポジウムを開始して以降,2017年に「神聖な景観」,2018年には「災害とレジリエンス」をテーマに議論を重ね,今年10月4日には自然と文化の連携における核心的なテーマである「文化と自然の複合遺産」を主題とするシンポジウムを開催してきました。シンポジウムにおいては,筑波大学世界遺産専攻の吉田正人,稲葉信子,Maya Ishizawaが司会進行とラウンドテーブルの座長を務め,丸一日の濃厚な協議が展開されました。また,世界遺産にかかわる重要な立場の方々が登壇されました。
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UNESCO世界遺産センター, Mechtild Rösslerセンター長
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文化財保存修復研究国際センター(ICCROM), Webber Ndoro所長
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環境省自然環境計画課, 岡野隆宏課長補佐
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文化庁文化財第二課,下間久美子主任文化財調査官
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国際自然保護連合(IUCN), Tim Badman遺産保護における自然と文化の連携部長
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文化財保存修復研究国際センター(ICCROM),Gamini Wijesuriya元サイトユニットプロジェクトマネージャー
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国際記念物遺跡会議/ICOMOS,Kristal Buckley ディーキン大学講師
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ピマチオウンアキ・コーポレーション,Sophia Rabliauskas代表
世界遺産一覧表に記載される遺産の総数は,今年の委員会にて1121件に達しましたが,そのうち複合遺産として登録されている遺産は39件に過ぎず,複合遺産の登録件数を増やしていくことはかねてから世界遺産委員会で望まれてきました。とはいえ,複合遺産としての登録のハードルが極めて高いことも事実です。同一地域内に自然と文化双方の顕著な普遍的価値を満たす対象が所在していることの証明は至難なことです。また,双方の価値の側面が同一の地理的範囲において完全であると証明することの難しさ,各国の保護行政の仕組みにあって,双方の価値の対象を一体として維持管理する体制が一般的でない現状もあります。
しかしながら,多くの遺産は顕著な普遍的価値には至らないまでも,自然と文化の両側面が認められることは明らかで,それは不可分な同一の対象である場合もあります。世界遺産という制度は,自然と文化の双方を同一の条約の下に扱おうとする理念を持っているものの,結果的に一方のみが世界遺産という価値の水準で評価されることによって,もう片方の価値を同等には認知しえなくなる危険性も潜んでいます。この問題は,各国の遺産の指定制度の過程にも通底するところではありますが,本来的な遺産における価値の総体を認識し,それを一体として保護するしくみを構想するために,世界遺産はその強力なフラッグシップによって,今後さらに重大な役割を果たしていくべきであることがシンポジウムを通じて確認されました。
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