科研 2021-2026年

本ページでは科研「クメール王朝の都市構造と社会基盤の解明-高精度地形情報を利用した実査より」にて2021年より取り組んでいる調査について紹介します。

科研の概要はこちらのページを参照してください。

 


2021年度

2021年度は新型コロナ感染拡大の影響にて現地調査を実施することはできませんでした。オンラインを利用した研究分担者や協力者による既往研究の共有や研究計画の検討を複数回実施し、カンボジアにおけるカウンターパートとなるサンボー・プレイ・クック国立機構の方々ともオンラインで現場確認や日本での調査手法の共有を図りました。

また、本研究に必要となる各種機材の購入等の準備を行いました。


2022年度

5月27日~6月6日

カンボジアを訪れ、サンボー・プレイ・クック国立機構の総裁や考古学研究担当者と科研の内容や計画について打ち合わせを行いました。また、ユネスコプノンペン事務所の専門家、カンボジアユネスコ国内委員会の専門家とも研究計画について共有をしました。

サンボー・プレイ・クック遺跡群には2日間の訪問に留まりましたが、現場の修復工事の進捗状況の確認と指導を行った他、遺跡群の中央を南流するオー・クル・ケー川上流のダム状遺構と煉瓦遺構、幾何学的な土手状痕跡について確認をしました。


7月21日~8月21日

プノンペン近郊のウドン地区の調査、サンボー・プレイ・クック遺跡群の調査と大学生研修プログラムの実施、バイヨン寺院南方での地下探査を実施しました。

 

大学生研修プログラムでは、都城内のM103サイトにて出土煉瓦遺構の実測調査と周壁の門の検出を目的とした発掘調査を行いました。

サイトには3基の煉瓦遺構があることが推測されていましたが、2基の煉瓦遺構は発掘調査で壁体下部までは良好な状況で保存されていることが確認されました。いずれもプレアンコール期の装飾様式と建築形式を良く示していることが確認されました。一基は八角形平面の祠堂で、都城内では他には認められない平面形式です。もう一基は長方形平面の祠堂であり、基壇のモールディング装飾からは寺院区の南寺院群の中央祠堂に特徴的な様式に一部類似していることが確認されました。

周壁の南北辺中央付近からはそれぞれ門の遺構の一部が確認されました。南北は対象的な位置にありますが、構造は大きく異なっていました。東辺からは周壁内外を出入りするための構造は検出されず、一般的な寺院が東を正面としてその中心軸線上に門を構えるのとは異なっていることが確認されました。

 

バイヨン寺院南方、アンコール・トム南門へと通じる道沿い西側に近接した小地区にて地下探査(GPR)を実施しました。バイヨンから四方に延びる道沿いには、過去の調査によってそれぞれに異なる形式の排水路が走っていることが推測されています。今回の地下探査は限定的な範囲で予察的なものですが、道路に平行した構造が部分的に検出されましたが、過去の調査から推測されている構造とは異なるようで、今後の追調査が必要です。


9月17日~10月2日

本村氏、佐藤女史とKoh Ker遺跡群の視察、Sambor Prei Kuk遺跡群周辺の水田痕跡の実地調査を調査期間前半に行いました。後半はカンボジアの大学生数名と横山女史と都城内M90サイトでの発掘調査、Robang Romeas寺院境内での地下探査を行いました。またサンボー・プレイ・クック国立機構が発掘調査と修復工事を進めているSrei Krup Leak寺院の祠堂の建築記録を行いました。

 

Koh Ker遺跡群の視察では、ここ数年の間にカンボジア政府が実施しているいくつかの寺院サイトでの発掘調査や構造補強の状況を確認しました。

 

Sambor Prei Kuk遺跡群での水田痕跡調査は、都城西方に広がる畦畔の痕跡の時代特定等を目的とした発掘調査の事前視察を目的としたもので、畦畔が明瞭に残る数地区にて現場確認をしました。雨季で冠水している地区が多く、確認できる範囲が限定的なものとなりましたが、航空写真や航空測量調査による地形データで認められる畦畔は極めて小さな起伏差となって残っていることが理解されました。

 

M90サイトでの発掘調査は2016年に実施した比較的大規模な調査以来です。今回は調査期間が1週間6であり、1×5mの小さなトレンチにとどめていますが、3.5mの深さまで掘り下げ、各層位での炭化物と土器の収集を目的としました。今後、炭化物の年代測定を行い、このサイトの築造年代と改変年代の特定を図る予定です。

 

Robang Romeas寺院の境内では5エリアで地下探査を行いました。祠堂を囲繞している構造物と伽藍中心軸上の構造物の存在が確認されました。伽藍全体を取り囲んでいることが予想される周壁の痕跡については地下探査では明瞭には認められませんでした。

 

Srei Krup Leak寺院のL4, L5, L6, L7に番付されている煉瓦遺構にて写真測量を行い、平面図と立面図を作成しました。L4とL5祠堂については最初期の建造年代がプレアンコール期に遡ることは明らかですが、その後の改変があった様子が確認覚ました。またL6とL7祠堂については後世の増築であることが確認されました。今後は過去に出土しているリンテル等の当初位置の推定などによって、より詳細な経緯を検証することが求められるところです。


2023年 2月20日~3月16日

【王道沿いのダルマサーラ遺構の調査】

内田悦生教授、アプサラ機構のIm Sokrity氏とアンコール遺跡からピマイへ延びる王道沿いのダルマサーラ遺構の調査を行いました。ダンレック山脈の南側に位置するPr. Chen (7208)は通常のダルマサーラがバイヨン期の建立であるのに対して、11世紀頃の様式を示していることが確認されました。またその他のダルマサーラについても建材や規模が多様であり、コンポン・スヴァイのプレア・カーンへ延びる王道沿いの遺構が規格化されているのとは異なる様相が確認されました。おそらく、ピマイへの道は、より古くより利用されており、その道中に建造されていた施設が12世紀末の王道整備に伴って一連の施設として組み込まれたことによるものと考えることができそうです。

 

【アンコール・トム内の発掘・修復事業の視察】

韓国隊によって修復工事が進められている象のテラスについて担当者より説明を受けました。2か所で石積みの解体を伴う内部調査を行っており、表層の砂岩積みと裏込めのラテライト壁の間に建造当初より隙間があって土砂で充填されていた箇所が脆弱であり、砂岩積みの変形原因となっている様子が確認されました。基壇内部に明瞭な改変の痕跡は認められず、隣接する癩王のテラスのように増築された形跡は認められませんでした。

奈良文化財研究所によって修復工事・発掘調査が進められている西トップ寺院にて担当者より説明を受けました。修復工事は中央塔の上部再構築を残すばかりであり、今年中には竣工の予定とのこと。前面テラスの一部で発掘調査が実施されており、テラス前方への増築が推測されていたものの、その下層の地覆石が連続していたため、改変は不確かなものと判断されました。今後、本科研と連携して西トップ周辺の考古学的調査を実施する可能性について検討しました。

 

【サンボー・プレイ・クック遺跡群都城内の煉瓦造遺構の調査】

内田悦生教授と都城内の煉瓦造遺構の煉瓦分析を行いました。2012年から複数回にわたって実施してきましたが、今回ようやく全ての遺構での調査を終えました。2017年以降にサンボー・プレイ・クック国立機構が新たに確認した遺構リスト(M.170まで)に基づいて、各座標地点を踏査しましたが、一部では遺構の確認には至りませんでした。遺物の発見地点などが遺構リストに加えられていることが理由であるようです。煉瓦の分析では大きく5種の煉瓦に分類され、それらは異なる建立時期のグルーピングを意味しているものと想定しています。今後、煉瓦の化学組成の分析結果も含めて、グルーピングについて詳細に検討する予定です。

 

【サンボー・プレイ・クック遺跡群の環濠・水路・水田跡地での発掘調査】

古代都市の形成から放棄への過程とその期間の環境変動や土地利用・社会活動の変化等の解明を目的に、各所でトレンチ調査・ハンドオーガー調査を行い、土層の確認と土のサンプリングを行いました。サンプリングした土は、帰国後に各種の理化学的分析(粒度分布・花粉分析・昆虫分析・プラントオパール分析等)を行うほか、各土層の炭化物による年代測定や、出土土器の編年を試みる予定です。遺跡群は砂質土壌の低い台地にあり、今回調査を行った各所も堆積土の多くが砂質土であり、また地下水位の上下変動もあって花粉や昆虫遺体の保存にはあまり適していない条件でした。そのため、こうした分析に供することの可能な土層はかなり限られていました。

航空写真で広域に確認される水田痕地(畦畔)については地上ではわずかな起伏であることも確認されました。水田痕地からのサンプリング土の分析結果を待ちたいところですが、地下の土層は水平堆積を基本としており、水田耕作はそれほど古くに遡らない可能性も推測されました。

遺跡群北方の水路での発掘調査は、今後の水路底を浚渫して水路機能を回復することを計画しているサンボー・プレイ・クック国立機構からの要請によって実施しました。水路の底面を推測することはできましたが、水路の利用や放棄の年代を検討するための年代測定に供する遺物の取得はできず、今後のサンプリングからの分析が待たれます。

2014年に実施した都城内広域でのトレンチ調査の結果と合わせて、遺跡群各所の堆積土層の基本的な構成や特徴が明らかになりつつあるところです。

 

【サンボー・プレイ・クック遺跡群都城内中央地区での地下探査】

都城内中央のマウンド上とM78/79に番付される方形区画の内部で地下探査を行いました。

 

【バンテアイ・チュマール遺跡群での研究に関する検討】

本科研の目的である古代クメール都市の研究対象として、バンテアイ・チュマールに注目しています。ここでは現在世界遺産への申請準備が進められており、これに合わせて中央寺院の修復工事、各所水利構造での考古学調査等がカンボジア政府のチームによって行われています。この組織の代表と今後の共同研究の可能性について検討しました。