◆本研究室では,建築遺産の価値や特質を「探求し-保存し-活用する」ことを目的に研究や社会実践に取組んでいます。現在進められている主要な研究や関心は以下の通りです。


世界遺産学における建築遺産の探求

世界遺産学は形成過程にある学問です。日本国内の文化財行政や文化財保護に係る技術の蓄積と,世界遺産条約の下に国際的に形成されてきた文化財保護の概念とが接する中で,一筋縄ではいかない分野といえるでしょう。両者の間では,時に不調和な衝突が生じることもある中で,社会と遺産にとって長期的により持続的な発展が可能となる適切な方策を見出していくことが求められていきます。

本研究室で特に取り上げたいと考えるテーマには次のようなものがあります。

  • 建築遺産における整備や復元手法と真実性の担保
  • 建築遺産の価値を保全するための観点の設定と評価方法
  • 建築遺産の「顕著な普遍的価値」の証明手段
  • 危機的な状況下にある建築遺産の救済・保護の方法
  • 建築遺産とそれを取り巻く各種文化遺産の一体的な保存活用の施策に関する検討

文化財のクラスター化による保存と活用への効果検証

近年の文化財行政の政策における一つの重要な方向性は、文化財を単体での保存から地域的まとまりや文脈に基づいて関連付けて保存し活用しようとすることにあるでしょう。テーマやストーリーに基づいて文化財を群として関連付ける「文化財のクラスター化」のための一連の事業や制度による効果と、そこで新たに生じている課題を明らかにすることが、より多くの市町村の参画推進には必要であると考えられます。

クラスター化を推進するための主要な政策や事業としては、歴史文化基本構想、歴史まちづくり法、日本遺産、文化財保存活用地域計画等が挙げられます。歴史文化基本構想はこれまでに177市町村が策定するに至り、歴史まちづくり法は81市町の計画が認定されました。また日本遺産は令和2年6月に計104件の文化財群が認定され、新規認定を完了するに至っています。平成30年度の文化財保護法の改正に伴う文化財保存活用地域計画は、令和27月時点で16市町による計画策定に留まりますが、今後大きく数を伸ばすことが期待され、より高い効果が期待できる計画の内容やその取り組みの方法を精査し共有していくことが求められます。

これらの制度や事業は、地域における文化財の総合的な把握、より裾野の広い文化財の保護、未指定文化財の登録や指定の推進、地域住民の文化財への関心向上・主体的な整備活用への参画・関連雇用の創出による地域活性化、日本各地の歴史文化の多様化、来訪者の学習効果の向上、といった文化的効果の他、来訪者数の増加、来訪者層の多様化、多数の文化財間の周遊化、関連するクラスター文化財間の交流といった観光動向の変化による経済効果も期待され、地域創生の重要な手段とされています。

 しかしながら一方で、クラスター化によって懸念される新たな課題も認識されつつあるところです。保存よりも活用に意識が傾斜する危険性があること、地域のストーリー化の文脈に乗らずにクラスターとして組み込まれない文化財が放置されがちなこと、制度や事業に参加しない、あるいはできない自治体の文化財に関する関心が極端に低下してしまうといった問題等が懸念されます。

 本研究室では、文化財のクラスター化による効果と課題の各地域における実態を明らかにし、特に高い効果を達成している自治体における計画策定の手法や内容、また計画の実行手段や体制について明らかにしたいと考えています。


歴史的建造物や歴史地区の保存活用に関する研究

国内外の歴史的な建造物や歴史地区の活用に関する研究に取組んでいます。伝統的建造物群保存地区における建造物の修理や町並み修景の実態や課題,歴史文化基本構想や日本遺産等の文化遺産の総合政策における歴史的素材の再発見や関連付けの方法や効果,世界遺産における真実性と活用のトレードオフのあり方,持続的な建造物の保護に求められる地域参加の方法,などをテーマとした研究に取組んでいます。

*世界遺産「石見銀山」において2019年12月に実施した演習の様子について,以下のホームページで紹介しています。

建築遺産論演習2019


東南アジアの歴史的建築・都市の研究

東南アジアの建築と都市に関する研究に取組んでいます。特に,今日のカンボジアを中心に,タイ,ラオスなどに広がる古代アンコール王朝の建築と都市に関する研究を継続しています。


以下のテーマについて今後も研究を深めていきたいと考えています。

  • サンボープレイクック遺跡を中心とするプレ・アンコール時代の建築と都市の研究
  • アンコール遺跡群の都市形成や構造に関する研究
  • アンコール王朝の地方都市に関する研究(コー・ケー遺跡群,プレア・ヴィヘア遺跡群,ワット・プー遺跡群,バンテアイ・チュマール遺跡群など)
  • アンコール王朝のネットワークに関する研究
  • 建築の工法と施工組織に関する研究
  • 東南アジアにおいてインド化したアンコール王朝の周辺勢力による建築文化の受容に関する比較研究(チャンパ・パガン・ドヴァラヴァティなど)

*サンボープレイクック遺跡群では,建築や考古学研究,煉瓦造祠堂の修理工事を実施しています。この事業の概要を紹介するパンフレットはこちら

 

*サンボープレイクック遺跡群では,複数の煉瓦造祠堂の室内において発掘調査を行い,収集された石材片を修復し,組み立てることで石製台座の復元工事を行いました。このプロジェクトに関する報告書はこちら


組積造建造物の保全工学の研究

石造や煉瓦造の建築の保存や修復技術に関する研究に取組んでいます。これまでに,アンコール・ワット北経蔵,バイヨン寺院南経蔵,バイヨン寺院外回廊,サンボープレイクックN1祠堂の修復工事に従事しました。日本国内の組積造建造物の先端的な修復事例についても広く収集を試みています。

  • 修復にあたっては,事前に記録,観測,構造・材料・基礎に関する診断が必要である他,建築や美術的観点から対象遺構の価値を見極めて修復設計が必要となります。
  • 修復工事中には,現場での施工管理はもちろん,工事により得られた知見に基づき,計画を柔軟に修正をしていくことが必要です。
  • 修復工事の終了後には,その成果を共有するための報告書の作成,定期的なモニタリングを継続し,その評価を後世にゆだねるための資料を整えることも求められます。

このように,組積造建造物の保全工学は,保存科学という理論的な探求と同時に,極めて実践的なノウハウが求められるものであり,さらには事業全体を運営能力の継承も求められます。

*インドネシアの世界遺産であるボロブドゥール寺院では,1970-80年代に実施された国際的な修復事業が行われました。その後,約30年を経て,現状の石材や構造評価を行い,今後の観測,保存処置,修復工事の必要性とその技術的な手法を検討するための事業を行いました。この事業の概要を紹介する冊子はこちら