Works 5: コー・ケー遺跡群の研究事業

コー・ケー遺跡群は、10世紀前半から中葉にかけてアンコール王朝の第七代の王ジャヤヴァルマン4世の王都として築造された都市址です。この都市は古クメール語碑文では「チョック・ガルギャー」、サンスクリット語では「リンガプラ」と称されていました。カンボジアのシェムリアップに位置するアンコール遺跡群は、9世紀より約600年間にわたりアンコール王朝の王都の座を保ち続けましたが、ここコー・ケー遺跡群は921年より王都が一時期遷されたことが確実なクメール史上稀なサイトです。

 

この遺跡群で2005年より2010年にかけて都市・建築・考古学調査を実施し、古代都市の領域と構造、宗教遺構の復原考察と図面・目録化、王宮地区の発掘調査などを行いました。その成果は、研究報告書としてまとめられた他、遺跡群の保存管理の基礎資料としてカンボジア政府に利用されるようになりました。また、2021年に申請された世界遺産の推薦資料にも活かされ、2023年にユネスコ世界遺産登録に至る重要な学術的根拠となりました。

 

以下には、研究事業の主要な成果をご紹介します。


A) 遺跡群の踏査 Field Tracking Survey

コー・ケー遺跡群の一部は、深い樹林に覆われ、過去の内乱時に設置された地雷の除去が進められている状況で、地上踏査には細心の注意を要するものでした。航空写真から得られる地形情報と地元の村人から遺構や遺物に関する情報をもとに、広域での踏査を進めました。 確認された主要な遺構は南北に約10km、東西に約5kmの範囲に分布していることが確認されました。特に南半分の地区に主要な宗教遺構が集中しています。

この研究の後、2012年にこの遺跡群全域の航空測量調査が実施され、より精緻な地形情報が得られることとなり、それによって往時の水田耕作地などの範囲も特定されるに至っています。

 



B) 貯水池ラハルの調査

遺跡群の中央には大型の貯水池「ラハル」が位置しており、各寺院と密接な関係を有する施設だと考えられています。この貯水池の形状と規模を正確に確認するために、GPS/TPSを用いた地形調査が行いました。東側(A-D)および西側(E-G)を含む各角に沿った断面調査によれば、ラハルの土盛りはおおよそ幅80メートル、高さおおよそ5メートルの土塁が記録されました。また、周囲の岩盤には複数の石彫も確認され、この貯水池が古代都市において象徴的な意味を有していたことが確認されました。


C) 古代都市の構造と配置計画の分析

踏査や地形情報の結果より、寺院や貯水池、道路、王宮等の各種遺構の配置とそれらの立地関係が明らかになりました。アンコール遺跡群より延伸する古道から、本遺跡群の中心施設である護国寺院プラサート・トムに向かって接続道が配置されていることや、主要な寺院と多数の境界石が幾何学的な配置関係にあり、都市全体でシヴァのシンボルを中核とした宗教世界が構想されている背景が推測されるに至りました。こうした成果は、世界遺産の顕著な普遍的価値(OUV)の中核となる重要な特徴として活かされることとなりました。


D)  寺院遺構の記録

遺跡群内にはヒンドゥー教の寺院遺構が多数残されています。それらの多くはシヴァ神を主尊とした寺院ですが、中にはヴィシュヌ神とブラフマー神を主尊とする寺院もあり、その配置から、都市全域でヒンドゥー教の三大信仰(トリムルティ)を表現しているように理解することもできます。これらの遺構はいずれも倒壊が進みつつあり、また正確な図面記録がない状況でした。そのため、これらの現状図面と遺構目録を作成し、研究と保存管理の基礎資料を作成しました。


E) 寺院遺構の復原研究

遺構の現状記録の情報を基に、各寺院の当初の姿を明らかにする復原考察に進みました。各寺院の設計方法の分析、崩落した石材の仮想復原、また各種の痕跡から寺院の改変過程の解明に取り組みました。コー・ケー遺跡群は大型の石材が広く利用され、建築と彫像はたいへんダイナミックな構成です。新たな地区に王都を遷し、人々をこの地に集約するために、魅力的で分かりやすい、強い求心力のある造形が必要とされたのかもしれません。こうしたアンコール遺跡群とは異なる特徴を有する遺構の様相を明らかにしました。これらの分析は、その後の遺構の整備や修復事業に利用されています。


F) 王宮サイトの発掘調査

遺跡群内の中心寺院プラサート・トムの南側にはAndong Prengと呼ばれる東西250m、南北200m程のサイトがあります。このサイトには砂岩造の護岸を有する池と、多数のラテライト列が交錯し、多数の河原片が散乱することが確認されており、過去には「油の池」や「幸運の泉」と地域で呼ばれており、またシャーラ―(宿場)や王宮であるといった推測がされていました。このサイトで地上に露出している遺構の記録、散乱している瓦や土器の分布記録、そして特に遺物が集中している地区での発掘調査を行いました。調査の結果、ラテライト列が長手の木造遺構の足元の構造であり、複雑な平面構成が確認されました。また、アンコール遺跡群の王宮地区と比較して精製品や中国産陶磁器が少ないものの存在することは確認されました。祭祀関連の儀式や王宮として利用されていたことを示す積極的な痕跡は認められませんでしたが、さらなる調査が期待されます。