カンボジアにおける世界遺産申請サイト訪問

カンボジアでは,今年7月に「カンボジアの記憶の場所群 : 弾圧の中心地群から平和と反省の各所まで」

という新たな世界遺産が登録され,これまでに5件の世界遺産が登録されました。今回新たに登録されたクメール・ルージュによる虐殺の記憶とサイトに基づく遺産を除けば,いずれも古代アンコール帝国の歴史的痕跡が遺産の対象です。今後の世界遺産への登録申請として準備が進められているサイトもまた,古代の考古学的サイトが多くを占めています。次に申請をする予定で近年準備が進められてきたバンテアイ・チュマール遺跡では,本研究室で昨年よりカンボジア政府と共同調査を行い,申請準備にかかる協力もしていますが,タイとの国境付近に位置するこの遺跡群の世界遺産申請は,カンボジアとタイの昨今の紛争の影響を受けて滞ることも懸念されています。

バンテアイ・チュマール遺跡群に代わって,近い将来に世界遺産への申請が検討されているサイトとては,コンポン・スヴァイのプレア・カーンとアンコール・ボレイがあります。こうした状況を踏まえて,9月後半にこれら両サイトを訪れました。

 


コンポン・スヴァイのプレア・カーンは王都であったアンコール遺跡群の東に位置するアンコール帝国における大型の地方拠点でした。一辺4km以上もの環濠に囲まれた大規模な方形の都市とその内部に複数の石積みの寺院遺構と大貯水池が配置されています。

この遺跡群は鉄鉱石を算出する鉄山の近くに位置することから,帝国の鉄資源の共有という重要な役割を担っていたと考えられており,これに関する研究事業がありますが,それを除くと大規模なプロジェクトはこれまでに行われてきませんでした。

近年,カンボジア政府によって巨大な四面立仏像の修復工事が実施されましたが,これを除くとまとまった保存・修復事業もこれまで行われていません。数年前からインド政府による修復工事が計画されてはいるものの,全く動きがなく,その実現性は定かではない状況です。

中央寺院は11世紀と12世紀末の二時期にわたって造営されており,都市全体ではその前後の時代にも長きにわたり建造された遺構が推測・確認されています。長期にわたり帝国の拠点として利用されたこの都市の重要性は明らかですが,学術的にはそれを証明するための調査が不足しており,世界遺産として申請する上では課題があるのが現状といえるでしょう。


もう一方の候補となる遺産であるアンコール・ボレイは,5~6世紀に最盛期を迎えたと考えられる扶南王国の都であり,先史時代より6世紀あるいはそれ以降におよぶ長期の痕跡が認められています。

近年では,7世紀初頭の王イーシャーナヴァルマン1世の治世期に流通していたと考えられるコインが大量に発見され,当時の貨幣社会の存在を示す一大発見があったとともに,この時期にも経済的に重要な拠点であったことが確認されています。

扶南時代の仏教的要素となる仏像やチャクラ(車輪)の石造物等も多く出土する一方で,その後のヒンドゥー教の彫像も多く,さらには11世紀の寺院要素も発見されています。

こうした出土遺物は現地の博物館に展示,保管されており,コンパクトではありますが,豊かな歴史的背景の存在を示しています。

土器や陶器も多数出土しており,完形のものを含めて状態の良いものが多く,在地土器の編年にあたって重要なコレクション群も確認されます。

この都の聖山であったと考えられる南方の小丘にはプレ・アンコール期の寺院や石窟群とアンコール期の寺院が位置し,ここからはクメール美術史の至宝,マスターピースとも位置づけられるビシュヌ神像の一群が発見されてもいます。

 

現在ではプノンペンの国立博物館に展示されているこれらの神像は,いつ・どこに安置されていたものか定かではありませんが,たいへん興味深いところです。

 以下はこの彫像に関するショート動画です。

https://youtu.be/LaNC8R8dEmk

このように歴史的に重要な過程を刻んでいることが明らかであるこのアンコール・ボレイ遺跡群ですが,近年の開発が進んでいることは重大な課題となっています。

主要な地区は不整形の環濠と周壁に囲繞されていますが,その内部地区には多数の住宅,商店が立ち並んでいます。こうした建設工事にあたり,事前の考古学的調査の実施も不確かです。

前述した近年のコインの発見もまた,道路工事の際に発見されたものですが,出土した多くの銀製コインは学術的な調査が入る前に住民によって鋳つぶされてしまったことが報告されています。

こうした開発圧力への早期の対策がなければ,世界遺産となる可能性は失われることになるでしょう。早急な対応が期待されるところです。