今年度は海外渡航を伴う調査が実現しませんでしたが、昨年までの現地調査で得られていた多量のデータを整理し、それを論文としてまとめるのにある意味で貴重な期間となりました。この機会にまとめることのできた論文の一つが古代アンコール寺院の展開の初源を問うもので、約600年間にわたって数千もの寺院を建立し、発展した仏教やヒンドゥー教の寺院伽藍の最初期の構成とその後の方向付けについて考察したものです。
Prasat Sambor as a Prototype of the Pyramidal State-Temple in Khmer Temple Constructionと題したこの論文は、オープンジャーナルであるArchaeological Discoveryよりダウンロードが可能です。
アンコールの建築研究は長い歴史がありますが、フランス人研究者を中心として日本の建築史研究とはやはりやや異なった手法と視点より進められてきました。そうした中で、今回の考察は、日本の古代寺院で広く議論されてきた伽藍構成の配置展開論や、私が所属していた研究室で力を入れていた伽藍の設計手法を初期アンコール寺院に適用したもので、日本ならではの研究のアプローチによるものです。国際的にはこれらの研究手法はあまり認知されておらず、日本での蓄積も紹介されていませんが、長期にわたって多数造営された寺院建築を俯瞰し、それらを通史として束ねていくためには重要な視点だと思われます。
とはいえ、こうした手法に馴染みのない国際的な学会の中で、確実な理解を得ていくのは容易ではありません。今回は古代アンコールにおいて複合的な伽藍を形成する萌芽となる位置づけのサンボー・プレイ・クック遺跡群での寺院を対象としましたが、その後の時代へと対象を広く展開しこうした研究の有効性を共感してもらえるように後続研究を続けていくことが重要だと感じます。
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