博士後期課程3年生のクラウディアさんが学位論文の本審査を行いました。「ペルーにおける文化遺産政策と社会参加:カパックニャン・プロジェクトより」と題する研究で、博士課程1,2年生の時はコロナの影響で現地調査ができないという制限がありましたが、3年生になってまとまった現地調査も実現し、充実した内容となったと思います。遺産保護への住民参加における理想的な在り方と、行政主導の管理の実態とのはざまで、様々なことに悩み、考察を繰り返したものであったと思います。
副査として様々な御助言をいただきました関雄二先生、上北恭史先生、黒田乃生先生には、心より感謝いたします。
以下、論文の概要です。
2014年にユネスコ世界遺産一覧表に記載された「カパック・ニャン遺跡」は、考古学遺産であり、道の遺産であり、また国境を越えた遺産といういくつかの特徴的側面を有する文化遺産である。2001年より6カ国共同で世界遺産登録推薦活動が進められ、その過程において、従来型の考古学遺産の官僚的管理運営のあり方から、地域コミュニティの参画というペルーの文化財行政における新たな住民主導的ガバナンスの導入が図られた先進的な遺産となった。
著者は、特に過去10年間のペルーにおける本遺跡群の保護に関する国家政策として試みられた参加型の遺産保護の手法、遺産管理の方策を対象とした各種取り組みを分析することで、参加型の遺産保護の方法や課題、限界の解明に取り組んだ。近年では遺産参加型パラダイムに関する研究が世界各国の遺産を対象に進められており、文化遺産への政治・経済的介入や影響が批判的に指摘されるに至っているが、カパック・ニャンの遺産保護政策に関する研究は、こうした最近の議論に照らして、まだ十分に考察されるには至っていない。そこで本研究において著者は、国家遺産としてのカパック・ニャンに関する従来のトップダウン型の実践と国際的に理想と推奨されつつあるボトムアップ型の地域参画の理論のギャップを埋めることを目的とし、特に住民参加型のアプローチがもたらした課題と可能性に焦点をあてて議論を展開した。
著者は、論文の前半において、ペルーの国家形成における考古学の役割の歴史的変遷を詳らかにし、また遺産保護の体制や仕組みに関する政策文書、機関誌、各種報告書や論考をもとに、歴史的・批判的言説を分析し、ペルーの遺産保護行政の体制や規律的な仕組みを整理した。その後、Huaycan de Cieneguillaを中心とする特定の考古学サイトに焦点を絞り、中央政府、地方政府の行政担当者や遺産保護の事業担当者、地域住民等の多様なステークホルダーへのインタビュー調査と現地の遺産や施設での実地調査を行い、世界遺産への登録推薦の過程で進められた住民参加を促す各種取り組みの方法や成果、課題について分析した。中でも、地域住民による遺産のインタープレター、遺産価値の普及事業として企画された文化広報企画(遺産文化ウィーク)、そしてより恒常的な文化伝達施設(インタープリテーションセンター)での展示広報事業を通じて、行政と地域社会による協働のあり方と、その一方で生じている行政と地域住民双方の思惑の相違を明らかにした。
参加型の各種プロセスは、既存の遺産政策手段や官僚制度の中で革新的な可能性を示し、新たな遺産価値の発見や拡大、地域の文化的理解の促進、雇用開発等による経済効果の創出などをもたらしたが、同時に、現在の枠組みでの限界についても明確に示すものであった。著者は、基本的な地域参加型のプログラムは行政によってデザインされ、提案されたものであり、管理計画の共同計画、遺産教育、解説、普及といった形でコミュニティの参加を認めているに過ぎないことを明らかにした。こうした遺産保護における住民参加の理想的理論と現実的限界との境界を明快に示した上で、著者はこうした状況を打破するための提案を、現地での聞き込み調査の結果等をもとに提示した。つまり、長期的展望に基づく計画立案や遺産教育の必要性、積極的な民間アクターへの投資や支援、地域組織の起業や遺産保護あるいは広報におけるより積極的な雇用の創出、専門家による遺跡理解と地域による伝統的慣習や地域理解による遺産価値の共同創造、といった様々なアプローチが地域を豊かにし、また地域社会のイニシアチブによる活動の推進力となることを著者は明確に示すに至った。
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