建築史学会は2023年4月15日(土)につくば国際会議場にて「その後の伝建地区」と題するシンポジウムを開催しました。学会関係者約60名の会場参加者に加えて、オンラインにて建築史学に関わる大学関係者や学生の他、日本各地の伝建地区の行政担当者等、250名程が参加されました。
1975年に創設された伝建地区制度は、2年後に半世紀という節目の年を迎えます。これまでに選定された重伝建地区は126地区に達し、全国各地に残る歴史的集落や町並み保存の試みが蓄積されてきたことは周知のとおりです。伝建地区の多様化とともに、高度経済成長期から現在に至る社会情勢の大きな変化の中で、複雑化する各地区の問題に対して様々な取り組みが行われてきました。本シンポジウムでは、各地区が重伝建地区に選定された「その後」に生じた変化・蓄積・展開を見直し、今後のさらなる半世紀の展望を考えることを目的に開催されました。
シンポジウムでは、筑波大学山田協太から「日本建築学会データベースから見る伝建地区研究の変遷と傾向」に関する説明がされた後に、①⽂化庁⽂化財第⼆課伝統的建造物群部⾨の梅津章子主任調査官より「伝建地区制度と国の役割について」、②大田市教育委員会の生田光晴氏より「石見銀山遺跡と重伝建地区」、③金沢市文化スポーツ局の小柳健氏より「金沢市の歴史まちづくり~伝建地区制度を中心に」、④大阪市立すまいのミュージアムの増井正哉館長より「伝建調査を保存計画に生かすこと」、⑤東京藝術大学大学院の上野勝久教授より「調査から見えるもの、見えたこと」、⑥北海道大学の西山徳明教授より「伝統的建造物群の保存における建築史学と都市計画学の協働」という報告をいただき、各地の伝建地区の選定時の調査やその後の保存・活用にかかる豊富な体験を共有いただきました。
その後に、筑波大学の下田一太と藤川昌樹による司会のもと、報告者6名との討論が進められました。討論は主に以下3つの論点を横断して展開されました。1)各地区は選定時に構想していたビジョンをどのように達成し、どのような課題を抱えているのか。2)そうした課題に対して、各地区ではどのように保存活用計画や地区設定、特定物件を見直してきたか、あるいは見直しをするべきか。3)地域としての文化財を捉える保存活用のメニューが多様化していく中で、将来的に伝建地区は各種制度の中でどのように位置づけられ、そのために建築史研究者はどのような役割を果たし、また多様なステークホルダーと協働していくべきか。
討論によっていくつかの重要な考え方が共有されたように思われます。
- 1点目は、伝建地区ではその仕組みや基準に対して、緩やかな社会的変化を踏まえて定期的レビューを重ねていくことが必要であると同時に、地域社会の制度やインフラの変化、災害等のイベントが生じたことを契機に総合的な見直し調査を行い、地区の歴史文化への価値と保存活用計画や運用の在り方や基準を積極的に更新していくことが今後ますます期待されること。また、こうした見直しの機会を新旧の専門家のノウハウ継承や他分野間の協働の場とするためにより多くの研究者の参加を促していくことが望ましいこと。
- 2点目は伝建地区として認められるべき価値の枠組みを拡大し、文化財としての保存を前提としつつも、生活の場として安全・安心・快適な環境を地域住民への負担を抑えつつ形成していくことで、伝建地区とその制度の新たな方向性が切り拓かれる可能性があるということ。
- 3点目は各伝建地区の持続的な町並みの継承方法を歴史的・地理的・社会的特性に基づいて類型化し、それらの成功事例や取組の方法論、人的資源を共有することで、伝建地区の全体的な底上げを図り、また同時に各地区の多様性の顕在化や、創造的な伝統の継承の実現に寄与するであろうこと。
2025年には伝建地区制度は創設50周年を迎えることとなり、各方面で多くの議論の場が設けられることが予想されます。本シンポジウムのパネラーの方々のたいへん充実したご報告と討論は、様々な関係者を巻き込んだ多角的な議論を盛り上げていく一助となるものと強く感じました。
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