カンボジア北西部、タイとの国境にほど近いバンテアイ・チュマール遺跡群を訪れました。
来年の乾季より本格的な調査を計画しており、今回は調査内容を検討するために、近年の修復工事や発掘調査の進捗を視察することを目的としました。
この遺跡群では、20年程前から修復工事が開始され、当初はGlobal Heritage Fundによって進められていましたが、2015年以降はカンボジア人篤志家の経済支援のもとに修復工事が行われています。
現在は、長大な浮彫図が刻まれた外回廊の壁体部の再建工事(北面西側)が進められていました。外回廊は全長700mに及び、同類の浮彫を有するバイヨン寺院の外回廊の2倍ほどの長さになるものです。これまで倒壊したままで放置されており、浮彫の内容に関する情報は皆無でしたが、この再建工事によって、歴史的価値の極めて高い浮彫の内容が明らかになりつつあります。
オリジナルの壁体部の基礎は、比較的小型のラテライト材1層であり、この脆弱な基礎構造が主要な原因となって倒壊していたと考えられているため、再建工事ではこれに代わってかなり大きなラテライト材が壁体直下に据え付けられて安定化が図られています。
また、屋根やそれを支える柱については、石材は揃っていますが、部材が小型で、かつ柱材も短材を積み重ねたもので不安定であるため、現時点では再建対象とはされていません。
これらの部材については周囲に規則的に並べて配置するなどの工夫が必要かもしれません。
工事では新材も利用されていますが、初期の工事範囲では新材に彫刻が追加されている個所があり、その根拠が不確かなものとなっています。また、現時点では再建された壁体の記録作業はされていないようです。これらの資料化が切に求められるところです。
外回廊の四隅(隅楼)と各辺中央部の楼門についても、再建工事が進められていますが、壁体よりも上方は原位置に復原されるかどうか検討中とのこと。
現状では、回廊の周囲での仮組が進められています。これらの塔にも尊顔が施されていることはクニンによって指摘されていましたが、それを確かなものとする仮組が各所で進められています。
再建工事はバライの船着きテラス遺構でも完了していました。アンコール遺跡でも同様にスラ・スランの船着きテラス遺構の再建が行われましたが、そちらとはやや構成が異なっています。
また、バライの中央に位置するメボンまで木造の橋が架けられていたのには驚きました。過去には乾季になんとか訪れることができましたが、雨季真っただ中のこのシーズンにも容易にメボンに足を延ばすことができます。
バンテアイ・チュマールでの修復工事はかなり効率的に行われていますが、その精度や記録には心配な点もあります。そうした部分を技術的に支援する活動にも寄与したいと思うところです。
バンテアイ・チュマール遺跡群では近年水管理施設遺構の調査も進展しています。調査の中心となっているIm Sokrity氏に、これまでの発掘調査地を案内していただきました。
各所にラテライト造の暗渠が確認され、バライへと集約する水利構造が築かれていたようです。バライ南辺の西側にはこの大貯水池で唯一確認されている入水口があり、この構造を解明する発掘調査が昨年9か月間にわたって実施されました。
この調査によって、アンコール遺跡群のバライでは類似例がない長さ90mに及ぶラテライトの敷面構造とバライの土手を貫通するトンネル遺構が確認されました。こうした堅固な敷面は、強い流水でも入水口が浸食を防止することに大いに役立ったものと考えられます。
また、Sokrity氏からはバンテアイ・チュマール遺跡群の南方7kmに位置するバンテアイ・トープ寺院とその周辺の都市址と推測されるサイトを案内いただきました。こちらでも近年考古学的調査が開始されているようです。
来年度からは、こうした地区で共同調査を開始する方向で現在話し合いを進めています。
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まさき (金曜日, 08 9月 2023 15:29)
バンテアイチュマール遺跡群の最近の情報ありがとうございます!とても参考になりました。