Yen Tu仏教遺産の視察

ベトナムのハノイ北方に位置するYen Tu山系を拠点として、1314世紀の陳王朝は国教としてTruc Lam仏教を形成しました。ベトナム政府はこの仏教遺産群をユネスコ世界遺産として推薦する準備を進めています。来年2月の推薦書提出を前に、推薦資産の保全管理状況や推薦書の記載内容に関する助言を目的として現地を視察する機会をいただきました。約1週間の期間で、Quang NinhHai DuongBac Giang州に位置する構成資産約20か所を巡りました。

Yen Tu: Monuments and Landscapeという推薦資産名称案が示しているように、この資産は後世の再建建築と宗教設立時の物証である地下遺構、そして現在に伝わる祭礼や儀礼を含む信仰を包括的に含む資産であり、仏教寺院、仏塔、霊廟、巡礼路、石碑、神像等の多様な要素を物証としています。

また、Truc Lam宗教そのものも、当地のアニミズムを核としつつ、13世紀に移入された中国禅、道教、儒教、その後17世紀代に導入された臨済宗や曹洞宗等を混淆したもので、複雑な側面を持っています。遺産の価値を示すストーリーはこのTruc Lam宗教を国教とした陳王朝の歴史文化と密接に関係し、元寇を撃退し、東南アジアへの侵攻の防波堤となった戦場の痕跡も資産要素の一部に組み込まれています。

このように、この遺産は多様な側面を一つのストーリーとして紡ぎ出そうとする資産群より構成されており、推薦書の内容はいささか複雑な内容となっています。今回の視察では、こうした複雑な内容を分かりやすく示すために、どのような要素を本質的な価値として推薦書の内容に組み込み、また副次的な価値や背景を付録資料として整理するかの検討を一つの課題として、各所を巡り関係者と議論しました。また、来年に予定されるイコモスによる現地調査に備えて、現地の保存管理や整備計画を確認し、その伝え方を検討する機会となりました。

Truc Lamに関連する遺産は山岳部に多く立地し、風水思想に基づいて選地されていますが、独特なカルスト地形を形作る洞窟内にある資産や、かつては王宮や市街地であった平原地、デルタ地域の河川流域に位置するものもあり、車やロープウェイ、ボート、トレッキング等の様々な手段で巡りました。

往時はこれらを巡礼路で巡ったことになりますが、巡礼が信仰に資する深い体験を提供していたことを良く感じさせてくれます。

推薦書の申請まであと2か月ほどに迫っていますが、価値証明のための記述内容や、自治体を横断した保存管理体制のあり方などをさらに検討し、万全の内容が準備されることを願っています。

Truc Lam仏教は多様な少数民族によって構成されるベトナムという地域にあって、多くの思想・信仰に寛容な宗教体系を構築し、それを広く伝達するために自然環境を最大限に生かした体験を提供する世界的にも稀な文化遺産であると思います。世界遺産一覧表に記載されることを切に願っています。