高精細複製の障壁画調査

202463~4日にかけて博士前期2年岩瀬の修士研究テーマ「歴史的建造物における障壁画の保存活用に関する研究―移設保存時の代替品の使用について―」に関わる調査として京都市内にて調査を行いました。

今回は近年障壁画のオリジナルに変わって歴史的建造物に具えられる例が多い高精細複製を扱っている方々にお話を伺うことを目的に調査を行いました。下田一太先生にもご同行をいただき充実した二日間の調査を行うことができました。

6月3日には特定非営利活動法人京都文化協会を訪れ、代表理事の田辺幸次様と大久保謙志様に文化財未来継承プロジェクト(愛称:綴プロジェクト)についてお話を伺いました。

綴プロジェクトは2007年よりキヤノン株式会社と共同で行っている高精細複製を製作、提供するプロジェクトです。お話を伺うなかで、文化財のデジタルアーカイブという考えが日本に入ってきた2000年前後では高精細複製というものに馴染みのなかった文化財の所有者が近年ではオリジナルを保存しながら活用するという観点から積極的にプロジェクトに協力されている変化を知りました。

午後には大久保謙志様と綴プロジェクトにて製作された作品が具えられている建仁寺方丈にて高精細複製の障壁画を見学する機会をいただきました。また、建仁寺内務部長の浅野俊道様に各作品の解説や設置の経緯などをご説明いただきました。

普段は廊下から綴プロジェクト製作高精細複製の海北友松筆《雲龍図襖》などを鑑賞できますが、今回は特別に方丈の室内に入らせていただき間近で鑑賞させていただきました。浅野俊道様からは実際に高精細複製を具えたことによってみえてくる建造物の室内空間での障壁画の重要性や建造物に変更を加える際の注意点などをお伺いし、文化財の保存管理と活用の兼ね合いの難しさを感じました。

その後、建仁寺の近くの高台寺圓徳院にて、綴プロジェクト製作高精細複製の長谷川等伯《山水図襖絵》の展示を鑑賞しました。

6月4日は午前に独立行政法人国立文化財機構 京都国立博物館 学芸部 教育室 主任研究員(教育普及)水谷亜希様に高精細複製を活用した教育についてお話を伺いました。

京都国立博物館では高精細複製を用いて小学校にレクチャーを行う「文化財に親しむ授業」という取り組みを行っており、そこで文化財ソムリエと呼ばれる大学生による授業を行っています。博物館の方から高精細複製の活用について伺う初めての機会となり、今回のお話で博物館での高精細複製のあり方など多くの学びを得ることが出来ました。高精細複製は展示として用いるだけでなく教育的観点からも大いに活用できるもので、美術教育だけでなく国語の授業など様々なアプローチから教育に付加価値を加えられることができます。文化財ソムリエの中で授業を受ける学生と教える側の大学生、双方に大きな学びの利点がある点や、複製だからこそ可能になる教育について改めて考えていきたいと思いました。

午後には大日本印刷株式会社マーケティング本部 ソーシャルイノベーション研究所 CSV事業開発部 部長 今井将樹様に伝匠美®についてお話を伺いました。

伝匠美®は大日本印刷株式会社が行っている文化財の高精細複製のプロジェクトです。大日本印刷株式会社は文化財のデジタルアーカイブに関する各種プロジェクトを行っており、先月には東京にありますP&Iラボも見学させていただきました。

今回は伝匠美®についてより詳しくお話を伺い、プロジェクトが発足したきっかけや製作に係る実情を知ることが出来ました。文化財を所有されている方たちがオリジナルの保存をしながら建造物の室内空間を維持する方法を考えていくなかで伝匠美®に相談をするケースが多いそうです。しかし公的な補助制度が現在はないために、高精細複製の製作に至らず、デジタルアーカイブとして記録をするにとどまるケースも多いとのことで、複製による文化財の保存と公開へのサポートの必要性を感じました。

その後、帰路の途中に京都市立大学にて綴プロジェクト製作尾形光琳筆《松島図屏風》の鑑賞もしました。

二日間を通し、高精細複製にまつわる様々な方からお話を伺い、高精細複製の可能性と同時に製作、使用する際の留意点や課題についても考えるところが多くありました。また、障壁画の保存に関わる現在の状況は知られているようで認知度は低く、美術品でありながら建造物の一部として室内空間を造っている障壁画の保存の難しさを周知していく必要性を感じました。保存は難しい点も多いですが、特殊な文化財であるからこその面白さの可能性は無限大にありその面白さに触れながら研究が進められたらと思います。

今回の調査にてお話を伺う機会を快く引き受けてくださった皆様に改めて感謝を申し上げたいと思います。この度はありがとうございました。

 

また、二日間同行してくださった下田先生にはサポートしていただき感謝いたします。


あとがき

 

京都での調査の前日には奈良県桜井市談山神社総社拝殿にて綴プロジェクト製作狩野派筆《秋冬花鳥図》と京都府京田辺市酬恩庵一休寺方丈にて大日本印刷株式会社製作狩野探幽筆《瀟湘八景図》他を鑑賞しました。それぞれの寺社によって展示方法や複製の状態は異なっており、今後も現地調査を行っていきます。(M2 岩瀬月楓)