
2025年2月4日、筑波大学東京キャンパスにて、日本政府外務省と筑波大学の共催による講演会「文化遺産の意図的破壊と国際社会の対応」が開催されました。本講演会には、学生、文化遺産の専門家、ICOMOS日本の会員などオンライン参加者を含む80名以上が聴講しました。
講演者には、文化遺産保護の分野で長年国際的に活躍されているムニール・ブシュナキ氏を迎え、過去半世紀にわたる文化遺産の意図的破壊に対する国際社会の対応について貴重な知見を共有していただきました。
*なお、講演の録画記録はこちら(Youtube)よりご覧いただけます。
講演者ブシュナキ氏の経歴
ムニール・ブシュナキ氏は、以下のようにユネスコおよびICCROMにおいて要職を歴任し、文化遺産保護の最前線で活動されてきました。
- 1982年 ユネスコ文化遺産部に着任
- 1998~2000年 世界遺産センター事務局長
- 2000~2006年 ユネスコ文化部門事務局長補
- 2006~2011年 ICCROM事務局長
- 現在: バーレーン王国アラブ地域世界遺産センター所長 / ユネスコ事務局長特別顧問
こうした立場にあって、アフガニスタン、シリア、イラク、レバノン、リビア、マリ、カンボジア、ウクライナなど、多くの国で長年にわたり文化遺産の保護と復興に尽力されてこられました。本講演では、各国の実情とユネスコやイコモスを中心とする国際機関による活動について、約2時間にわたり詳しくご講義いただきました。

ユネスコを中心とした国際社会による紛争による文化遺産破壊への対応
紛争の中で文化遺産が破壊される政治的、宗教的、経済的な背景は複雑化し、その解決はますます困難になっています。こうした破壊の標的とされた遺産に対して、国際社会がどのような対応をとってきたのか、以下の事例について当時の具体的なエピソードを交えながら詳しく解説いただきました。
l ドゥブロヴニク(クロアチア)-史上初の世界遺産空爆
l モスタル橋(ボスニア・ヘルツェゴビナ)-文化遺産の再建がもたらした平和
l バーミヤン大仏破壊事件(アフガニスタン)-文化遺産の意図的破壊
l アンコール遺跡群(カンボジア)-多国間協力による成功事例
l ベイルート国立博物館(レバノン)-隠された文化財とその再発見
l バグダッド国立博物館(イラク)-略奪と復興の取り組み
l モスル(イラク)-ISILによる破壊と復興事業
l シリアにおける文化遺産の破壊
l イエメンにおける文化遺産の危機と復興の試み
l ウクライナ戦争(ウクライナ)-戦災に対する現地支援と国際協力の展開
こうした数々の取り組みの中には、いまだ解決に至っていない課題や、むしろ情勢が一層混迷を深めている地域もある。しかし、文化遺産の保護と国内の安定に向けた復興が成功を収めた事例も存在し、そうした成功の経験が、困難な課題に取り組む際の希望となり、国際社会が団結する原動力となることが示されました。
講演の核心的メッセージ「問題に直視し行動することの重要性」
講演とその後の質疑応答を通じて、最も強調されたのは、「文化遺産の保護は単なる建築物や遺跡の修復ではなく、それを必要とする地域社会のアイデンティティの再建、平和の回復、そして未来の世代への責任である」という点でした。
文化遺産は、単なる過去の遺物ではなく、その地域の歴史、アイデンティティ、そして希望の象徴です。戦争や災害、経済的困難の中にあっても、文化遺産を守ることが「未来を守ること」であることが明確に示されました。
また、「希望を持ち、現実を直視し、行動することが重要である」というメッセージも強く発信されました。資金不足や政治的な困難があっても、文化遺産の保護は可能であり、小さな取り組みの積み重ねが大きな変化を生むこと、そしてユネスコ、各国政府、NGOの取り組みが紛争地域や危機遺産を支援し続けていることこそが希望の証であることが伝えられました。
「私たちは決して無力ではありません。現実を直視し、何かしなければなりません。文化遺産は未来の世代へ引き継ぐ責任があります」
ブシュナキ氏は、参加者それぞれの背中を押し、行動を促す力強いメッセージを残しました。
文化遺産保護を志す学生や若手研究者へのメッセージ
講演の最後に、ブシュナキ氏は文化遺産保護を志す学生に向けて次のように語りました。
「国際協力の現場で経験を積むことが重要です。自国の文化だけでなく、他国の文化を学び、理解することが、国際的な文化遺産保護活動における第一歩となるでしょう」
文化遺産の保護は、単なる技術的な修復作業にとどまらず、社会の復興、歴史の継承、人々のアイデンティティの再生にも関わる分野です。これからの世代の若者が、異文化を学び、体感し、国際的な視野と感性を広げ、そして一見して解決が困難と思われる課題にも積極的に関わっていくことが期待されています。


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